スプリングシャワー



蛍の光も、日の丸掲揚も、ひとりひとりの卒業証書授与もない。

校長の言葉と卒業生の答辞と在校生の送辞。式そのものはそれだけのシンプルなもの。

しかし卒業式その日は、僕たちの学校では大イベントになる。







「先生、ここは大胆にいきますか。真紅を真ん中に持って来てこう・・・」

「いや・・そこは待って仲村、今回は少し趣向を変えようと思うんだ。
バラは桃色のブルボンを使
う。カップ咲きで半八重に花びらが巻いてる・・・うん、そうそれ・・・そんな感じ」

本条先生がパソコンに座る生徒の後ろに立って、細かい画像の注文を出す。

生徒といっても、私服を着ているとあまり先生と違わないくらいに大人びて見える。

茶色の名札紐に白抜き文字でstudent、名札をつけているので生徒とわかる。

茶色の名札紐は卒業を間近に控えた高等部三年生。

中等部はそのまま高等部へ持ち上がるので、式そのものはない。

義務教育課程を終えた卒業
証書のみ配られる。

卒業式はあくまでも高等部がメインとなる。

式典を二日後に控え、僕たち高等部二年生のクラス委員は何かと忙しい。

シンプルな式だけに生徒による進行部分が多い。割り当てなどはくじ引きで決める。

僕には卒業生代表に式前の慣例の挨拶と、オフィスセンターへの式進行の報告が割り当てられた。


卒業生代表―仲村 元哉(なかむら もとや)―


「・・・まさかここにいるとは思いませんでした」

謹慎を言い渡された生徒が入る宿舎のスタディルームに、仲村さんはいた。

そして仲村さんの横で、印刷された画像プリントを嬉しそうに見入る先生がいた。


「ははは・・・面目ない。最後の最後で入っちゃって。
でもここにためらいもなく来るなんて、白瀬
君もなかなかだね」

「僕も入っていましたから」

そう言うと、少し驚いたような仲村さんだったけれど、

「まぁ・・・いろいろあるよね」

さらりと受け流すように言った。


「さてと、僕はちょっとこれからホールにディスプレイする花の下見に行ってくるから」

それまで画像プリントを見ていた先生が、急に立ち上がって言った。

仲村さんは先生の次の行動を心得ていたようだった。

「イメージが決まりましたね」


卒業式を二日後に控え、壇上に飾る花のディスプレイを先生と仲村さんはパソコンを使ってイメージしていた。

卒業式は校内で一番大きなホールで行われる。

収容人数の多いイベントに使われる多目的ホ
ールで、もちろん入学式、あと著名な指揮者や楽団を招いた音楽コンサートなどにもよく使われる。

今だからわかったことだけれど、ホールにコーディネートされていた花の数々は先生の手作りによるものだった。


「あっ、白瀬君。後で花を摘むから、剪定バサミとカゴ用意しておいて」

部屋を出て行く間際、先生がまた僕に用事を言いつける。

「あの・・・まだ式の打ち合わせの途中なので・・・。
それに、この後もセンターに式進行の途中報
告書を提出しないといけないし・・・」

ここでつかまるとまた長くなりそうな予感がして、必死で断る算段を言う僕に仲村さんが笑いながらフォローしてくれた。

「先生、おれが手伝いますって」

「うん、三人ですれば早く済むよね。式は花の量が半端じゃないからね」

そう言って先生は部屋を出て行った。



「白瀬君しょうがないよ。先生、花のことしか頭にない」

仲村さんが苦笑いの顔で僕に言った。

「しかし、ここは退屈だよね。白瀬君はどのくらい入ってた?」

パソコンを閉じながら仲村さんが聞いてきた。

「僕は一週間です」

「おれは二週間。卒業式の日までだよ、笑っちゃうよね。ここから式に行くんだぜ。
しかももう出
て行くっていうのに今さら何の意味があるんだよ。思わない?」

座っている椅子をクルリと反転させて僕の方に向いた。


隙のない出来すぎた優等生。委員会で会っていた時の仲村さんの印象だった。

しかし先生が
退いたとたん、口をついて出る言葉はまるでそれとはそぐわないものだった。


「そうかと思えば謹慎くった奴が代表で答辞を読むんだから・・・あっ正確にはくってる奴だな」

「・・・辞退は考えなかったのですか」

「辞退・・・そうだなぁ、別に誰もやめろとか言わないしいいんじゃないの?」

まるで他人事のような口振り・・・。

仲村さんにとって謹慎は反省するものでも不名誉なものでもない、ただ退屈なだけのものでしかないようだった。


カタン―。


仲村さんが椅子から立ち上がって窓を開けた。

三月初旬の気候はまだ寒い。冷たい風が吹き
込んで、適温に保たれていた室内の温度が一気に下がった。

そのまま窓枠に背中を付けて両肘をかける。

仲村さんの背中越しに春を待つ樹木の群生がど
こまでも見えた。


「たまに頭を冷やさないとね。花の香りと適温適度、静かな時の流れ・・・
環境が良過ぎて、ここは
おれには拷問だ」


笑みを浮かべながら言う仲村さんだけれど、苛立ちだけはその笑みでさえも隠せない。


「・・・後・・二日じゃないですか」

苛立ちを冷たい風でまぎらすかのような仲村さんに、僕はそう言うしかなかった。

仲村さんが軽く目を伏せて頷くしぐさを見せた。理性の中に苛立ちを抑え込む。

たった一学年しか違わないのに、そのしぐさも表情もとても大人びて感じた。

けして服装だけのせ
いじゃなく・・・。


「ところで白瀬君、彼女いる?」

窓枠にかけていた両肘をはずして胸の前で腕を組む。

少し首を傾けて意味ありげに反応を窺
がう仲村さんに、僕はあまりいい気がせずそっけない返事をした。

「・・・今は・・いませんけど。何なんですか、急に」

「いや、いたら注意した方がいいって話。
ここまで挨拶に来てくれた可愛い後輩にアドバイス
さ」

「アドバイス?」

「そっ、おれみたいにならないように。出来ちゃって」

ニッコリ笑った仲村さんの整髪された前髪が、風に吹かれてはらはらと乱れた。

「・・・それが謹慎の理由ですか」


「向こうの親が学校までねじ込んできやがった。
せっかくうちの親が示談にしてやろうって言っ
ているのに」


窓のカーテンが大きく揺れはじめた。

仲村さんが振り返って窓を閉めた。

「示談って事故じゃないのに・・・そんな言い方おかしいと思いますけど」

「事故だよ、おれにしてみればね。セックスだって合意。
避妊だってあいつが自分からピルにす
るって言ったんだぜ。信じてたら何のことはない、飲んでなかったんだ」

一方的に相手の非を責める仲村さんに、僕は同じ同性なのになぜかとても違和感を覚えた。

それは嫌悪に近いものだった。

その言葉には優しさも愛情もない。性欲だけで女性を抱こうとする男の・・・。

仲村さんがテーブルの椅子にドサッと座って押し黙った僕を見る。

目は笑っていないのに


「何?」

薄ら笑いを浮かべた傲慢な顔で僕に問いかける。

「・・・何も。先生が帰ってくるといけないので花を摘む準備をしますから、これで」

僕はそれ以上聞きたくも話したくもなくて、席を立ち上がった。

「白瀬・・・君って真面目なんだね、顔に出てるよ。っていうか、まだ知らないんだ」

同調しない僕に、仲村さんは意地の悪いからかいかたで絡んでくる。

無視して部屋を出て行こうとする僕になおも仲村さんは言った。


「きっと女の裸を前にしたらそんなすました顔はしていないんだろうなぁ、童貞君は」


「それでは、そういうことで。仲村さん、式の時は宜しくお願いします」


すました顔と言われた僕は、精一杯にこやかな顔を仲村さんに向けながら部屋のドアを閉めた。


―バンッ!!―


ドア越しに、僕の真後ろで物が投げつけられた音がした。





式進行委員として割り当てられた役割のひとつは終わったので、宿舎にいる必要はない。

花屋
の奥の部屋で、花を摘む準備をして先生を待った。

普段は常に補充されているガラスケースの中の生花も、さすがに今はその量が少ない。

主だ
った花は、すでにホールの飾り付けに運ばれていったのだろう。

それでも残っている花も、みなどれもピンと葉の先まで伸びてみずみずしく咲いていた。



「ここにいたのかい?宿舎の方に行ったら仲村が帰ったっていうから」

部屋の扉を開けて先生が入って来た。

「ここの方が倉庫も近いし、準備しやすいので。・・・仲村さんは?」

「先に行ってるよ。さっ行こう。あっ、白瀬君カゴ持ちね、その大きいのと小さいの。
それと、は
い、エプロン。花粉で服が汚れる」


エプロンまで渡されて、僕はもう覚悟を決めるしかなかった。

センターへの報告書には式典用
の花の準備に割いた時間を記入しておこう。

けして打ち合わせをさぼったわけじゃなく・・・。







温室はいくつか点在していて、ランとバラはそれだけの温室があり、それ以外の花は種からのものや球根からのものなど混合で栽培している。

そのうちのひとつの温室で、カスミソウを摘
む。

カスミソウは花束を彩るには欠かせない花だ。白色の小さな花弁の集まりが清楚で可愛らしい。

カスミソウの中から音がする。それは一定していなくて、まちまちの間合いで音がする。


パチン・・パチン、パチン・・・。


先生が腰をかがめてひとつひとつ確かめながら、そっと左手を添えて摘んで行く。


パチン、パチン・・・。



「カスミソウだけでそっちの大きい方のカゴが一杯になったね」

先生が言うので、二人で半分ずつ分けて持つように取り分けようとしたところでまた先生が言った。

「肩に担げるかい。担げるよね、じゃ次行こう。いいかげん仲村が待ってる」



次はメインのバラを摘む。

点在する温室なので、移動はけっこう歩く。


仲村さんはバラ園の温室にいるとのことだった。


「メイン以外のバラは仲村が摘んでくれているはずなんだ。一緒に考えたからね」


温室のバラ園に入る。

バラ園はあの時以来だけれど、恥ずかしいとか懐かしいとか思う余裕もないほど清楚で可憐なカスミソウは重かった。

入り口のところにカスミソウのカゴを置いてひと息つくと、先生はもう中のほうへ行っていた。

小さい方のカゴを持ってメインのバラの場所を探す。

確か桃色のブルボンでと言っていたか
ら・・・。

規則正しく区分けされたバラの生垣を曲がると、先生と仲村さんがいた。


「えっ・・・?」


思わず足が止まった。

向き合二人の様子はあきらかにおかしかった。



パンッ!


先生が仲村さんの右頬を叩いた。

ベッ、と仲村さんが地面に唾を吐いた。


パンッ!


ためらいもなく、今度は左頬を叩いた。


「・・・白瀬、見た?暴力だろ。先生、おれあんたを訴えるから」


仲村さんは僕の方を見た後、ゆっくり顔を先生に向けて言った。


「好きにすればいいさ。ほら仲村、そこにズボンと下着を下ろして手をつけ」


先生はまるで意に介さず地面を指差した。

指差した先には、メインとなるブルボンの花の部分だけが切られて落ちていた。

全て切り落とされていた。

地面に落ちているカップ咲きのブルボンは、ころころと転がるボールのようだった。


「い・や・で・す。悪趣味。先生、おれのことを信用していたでしょう。だから花のカットも任せてくれたんでしょう。
おれだってあいつのこと信じてた。これでわかってもらえたかな」



僕に見せた時と同じ薄笑いの顔で、仲村さんが先生を見る。

仲村さんとは対照的に先生は無表情に言った。

「違うだろう。それは信じているとは言わない。
仲村は甘えているだけだ。二人で取るべき責任
を彼女だけに押し付けて」

「おれが何?周りのくだらない話を一緒くたにして、そう思うわけ?」

「いいや、目の前のろくでもないことをする奴を見ていればわかることさ」


先生がバラの根元に落ちていた木片を拾い上げた。

添え木だ。30cm定規ほどの長さでやや
平たく加工してある。

「抜いただろう」

「・・・美観を損なうので。ついでに添え木をしていたところは切っておきましたよ」

「そうかい、じゃあこれはもうバラには必要ないね。でも仲村にはありそうだなぁ」

言うなり先生が添え木で仲村さんの太ももの横側を叩いた。


バスッ!!


ズボンの上からなのでにぶい音がした。

「!!ッゥ――!」

仲村さんは悲鳴を上げなかった。僅かに声が漏れただけだった。


「仲村、次は力ずくだよ。心配しなくても、証人もいることだし」


証人・・・僕のことだ。


先生が差し棒を扱うみたいに、添え木を手になじませる。

はじめて仲村さんの顔に動揺が走った。

背丈も変わらない二人の対峙なのに、仲村さんは先生の前から動けず、先生はもう待たなかった。

半歩前へ出て仲村さんの横から、ひざの後ろを添え木で叩いた。


「ひざをつく!」


ガクッと仲村さんの片ひざが折れて地面についた。


「次は手!」


先生がそう言った瞬間、仲村さんがすっくと立ち上がった。


「わかりました。・・・白瀬!証人だからな、よく見ていろよ」


その光景はあの時の僕と同じだった。

ただ違うのは温室の中の照明灯。


僕の時は夜間照明灯の光が照らし、仲村さんは夕暮れ前の傾きかけた陽の光がその姿を照らす。

仲村さんがズボンと下着を下ろして、地面に両手と両ひざをつけた。


バシィッ!!バシィッ!!

バシィッ!!バシィッ!!


地肌に直接厳しい音が響いた。


「うっ・・・。」


バシィッ!!バシィッ!!

バシィッ!!バシィッ!!・・・


容赦なく先生が添え木を振り下ろす。


「・・・・・・・っ痛てぇ」

それまで呻き声だけだった仲村さんの口から、思わず言葉が漏れた。


「痛いかい、生身の人間だからね。彼女だって生身の人間だろう、仲村・・・」


「金で片をつけたことを言ってるのか、先生。
あいつが悪いんだろう!薬飲んでるから大丈夫
だって言うから!!」


それまで、理性の中に抑えていた感情を吐き出すように仲村さんは言った。


バン!!バン!!


間段のない二発が中村さんの尻を打つ。


「・・・・・くっ・・・」


「ピルが市販薬じゃないのを知っていたかい。セックスが悪いとは言わないさ。
だけど避妊につ
いて深く考えることもせず、一方的にその負担を彼女に押し付ける。仲村、そんなのは合意なんて言わない」


「でもあいつはおれに抱かれたかったんだ!」


「それじゃぁ仲村は彼女を好きでもなく抱いたのかい。
・・・三日前から彼女が行方不明だ。金で
片はつけられなかったようだね」


仲村さんが呆然として一瞬言葉に詰まった。そして


「・・・・・・・だって、どうしようもないじゃないか!おれはまだ学生なんだよ!!」


手をついた地面に爪を立てながら叫んだ。


「違うだろう、仲村。学生でも責任をとる方法はあるだろう。歳はいくつだ、甘えるな!」


先生の痛烈な一打が打ち下ろされる。


ビシ――ッ!!


もうそれから後、先生は無言だった。


ビシ―ッ!!ビシ―ッ!!

ビシ―ッ!!ビシ―ッ!!

ビシ―ッ!!ビシ―ッ!!


「・・・あっ・・・・・っ・・くぅ・・ぅっ・・」


ビシ―ッ!!ビシ―ッ!!

ビシ―ッ!!ビシ―ッ!!


仲村さんも、呻き声は漏らすものの悲鳴も泣き声も上げなかった。

どのくらい打たれたのだろう。

しかし、仲村さんは最後まで姿勢を崩さなかった。



「仲村、よく考えてごらん。責任を取るということはどういうことなのか。
彼女のことも含めて・・・昨
日今日の付き合いじゃないんだろう」


カラン・・・。


添え木が先生の手から落ちる音がした。


声だけがして、先生の表情も仲村さんの表情も良く見えない。

傾きかけた陽がすっかり落ちていて、温室を暗闇が包んでいた。

かろうじて、自動的に点く夜
間のサーチライトの光で二人の姿を認識できた。

先生はそれからすぐ温室を出て行った。

かなり打たれた仲村さんは、さすがに立ち上がれなかった。

上半身だけを起こして、それでも
手早く服を整えた。


「・・・あっぅ、痛いったら・・全く・・むちゃくちゃしやがる」


また地面に両手をついた。ほんとうは服を整えるどころの痛さではないはずなのに。

たぶん腫れているだけじゃなくて、内出血もしているだろう。

「少し冷やした方がいいんじゃないですか。タオル濡らして来ましょうか」

四つん這いでうずくまる仲村さんの側に行って、僕は声をかけた。

「いいよ、これ以上格好悪いのはごめんだ・・・。っ、でも痛てぇ・・ちくしょう」

起き上がるどころか、そのまま地面に両手足を伸ばして伏せた。

「・・・思うほど格好悪くなかったですけど。僕なんかよりもずっと」

それは本当だ。最後まで崩れなかった姿勢もそうだし、泣き言も悲鳴ひとつ仲村さんは上げなかった。


「あはっ、白瀬も四つん這い?趣味悪いよな、あいつ・・・。
おれ、マジで動けないの。もう少しこ
こにいるから、君は帰れ」

仲村さんが柔らかに微笑みながら言った。

きっとこの笑顔が本来の仲村さんなのだろうと思
う。



僕は仲村さんを残して温室を出た。

僕がいてもどうにもならない。

摘んでカゴに入れたままのカスミソウはどうするのだろう。メインのバラの代用は・・・。

宿舎と花屋の奥の部屋と、何度か往復して先生を待ったけれど先生は来なかった。

二日後に控えた卒業式を前に、準備途中の僕は学校に戻った。


翌日、呼び出されるかと思っていたけれど、先生からは何の連絡もなかった。

僕も明日の式の準備で忙しかったので、仲村さんのことが気になりながらもバタバタと一日が過ぎた。







卒業式当日―。


中等部・高等部の全ての教師・生徒・一部を除く職員が一同にホールに集まった。

壇上を見て驚いた。

桃色のブルボンローズの花が、ありったけのカスミソウと色彩豊かな小花
をバックに、見事な彩で飾られていた。

先生を捜す。

教師の並ぶ席にちゃんと座っていた。

仲村さんは・・・。


晴れやかな笑顔で卒業生代表の席についていた。


式は予定通りに進み、仲村さんの答辞も滞りなく済んだ。

壇上の上り下りや着席、少しの動作にも不自然さはなかった。

二日前のことが嘘のような出来事に思えた。


そして、式終了。

同時に整然と並んでいた列がいっせいに形をなくした。


ホールの扉が開いて、みんな思い思いにグループを作り外へ飛び出して行く。

外では、平日は開けられる事のない正門が開かれて、地域の人達がなだれ込んで来る。

学校の施設が開放され、校庭にはバザーが出店される。

達彦たちとホールを出たところで、後ろから名前を呼ばれた。


「仲村さん・・・」


達彦たちに後から行くと言って、僕はまたホールに戻った。

級友の輪の中から抜けて来た仲村さんは女の人と一緒だった。

抱き寄せるように肩を抱いて
いた。


「おれの彼女」


行方不明だったという彼女は、仲村さんに会いに来ていた。もう一度彼を信じてみようと。

もし
それでもだめなら、別れて一人で産む決心だったそうだ。彼女は二つ年上の20歳。

学校に連絡が入って、先生が駅まで迎えに行った。

僕が宿舎と花屋の奥の部屋を往復しなが
ら待っていた時だ。


これから彼女の親に会いに行くと言う。

自分の親にも本当の気持ちを話しどちらにも頭を
下げて、四年間の大学の間だけ手助けしてもらうことを頼むのだそうだ。

今の自分に出来る責任の取り方、精一杯の誠意と彼女に対する気持ちを示すこと。


こんな当たり前のことが怖くて出来なかった≠ニ、仲村さんは言った。



「ほら、これ」

仲村さんが彼女にふわりとレースのベールをかぶせた。桃色のブルボンローズの飾りが付いていた。

・・・仲村さんが切り落とした花だ。


「先生の手作り。後はコサージュにね。
メインの飾り付けまで一人でして、まる二日寝てないらしい
よ。これでチャラだな」


僕が証人でいる必要は、もうないようだ。



駅まで迎えに行った先生は、そのまま彼女を温室に連れて来た。

いきなり現れた彼女に仲村さんが驚いたのはもちろんだけど、まだ起き上がれないでいる仲村さんを見て彼女は笑いながら言ったそうだ。


―ばかね・・・―


彼女がバケツとタオルを借りてきて、仲村さんのお尻を冷やした。

温室の柔らかな土の上に寝そべる仲村さんとその側に座る彼女は、甘いバラの芳香に包まれてきっとたくさんのことを話し合ったのだろう。



壇上では、もう式典用の花が降ろされようとしている。


「あの壇上のブルボン、色がこのベールのブルボンより濃いと思わない?」

仲村さんに言われて、見比べてみてはじめて気がついた。

ブルボンに限らず同系色の色違いのものは、病気や害虫などからの全滅を防ぐために各コーナーに振り分けて生育しているとのことだった。

濃い桃色のブルボンローズが別のコーナーでちゃんと咲いていた。


壇上前に半円を描くように黒山の人だかりが出来ている。

圧倒的におばさんが多い。


やはり先生がいた。

降ろされた式典用の花を配っているようだけど、ほとんど奪い合いの様相
を呈している。

思わず目が合って、手招きをされた。


「行ってやれよ」


僕にそう言って、仲村さんは彼女を連れて祝福と歓声の上がる級友の輪の中に戻って行った。



式典用の花は見る見る無くなっていって、先生が今度はカゴから

「1人一個!1人一個!」

と言いながら何かを配り始めている。

配られた花を手に嬉しそうに持ち帰る人たちを見ると、胸にも花をつけていた。

ブルボンのコサージュ。ひとつひとつにレースがあしらわれていた。


生花のベールもコサージュもほんのひと時のものだけれど、本当の美しさに飾られた至極の一品。


先生が早くと僕の方を見る。

僕は笑顔で手を振って答えた。

そして達彦たちの待つ外に出た。


外は抜けるような青空が広がっていて、降り注ぐ陽の光は冬の衣を脱がせていく。



樹木が芽吹き 葉は新緑に染まる


暖かな陽射し 春の息吹


新しい命が宿り 次の命がその後ろで待つ


小鳥がさえずり 草花が謳うよ


気がつけば春の風 春の香り


浴びるほどに―







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